12
家に帰ったのは何時になったのか分からない。気づいたら桜と世祖を横に抱えながら寝ていた。自分の家に沖野さんがいないというだけでポッカリと空いたような空間になっていた。枕元にあったペットボトルを飲むと少しだけ落ち着いた。 「はようー、#名前2#さん」 「起きたのか」 小烏丸と獅子王がこっちを覗いていた。ご飯食べられるか?と言われる。頷くとおかゆを持ってきてくれた。 「はいよ」 「ん、ありがとう」 はふはふとしながらスプーンで飲み込むと悲しくなるぐらい美味かった。これ、お前たち作ってないだろと言ったら「バレたかー」と笑っていた。燭台切が作ったらしいのだが、刀が作ったとバレたくなかったらしい。なんじゃそりゃ、と言うとそれが彼なりのケジメなのだと言われた。 刀として生きたい彼は必要以上に料理をしたがらない、ように振舞っている。好きなのだからすればいいのに。 「……俺も、ケジメつけなきゃいけないよな」 おかゆを一気にかきこんだらものすごく噎せた。おかゆも凶器になるんだ……。 挨拶回りしてくるなー、と出ていった#名前2#を見送って桜はようやくベッドに寝ることが出来た。 「桜」 心地よい声がした。#名前2#も世祖もいなかった間、桜のお世話をしてくれた獅子王。ふわふわの鵺の毛に包まれてその背中で眠った。留守番するあいだの夜は、いつも寝れなかった。1人の夜は寂しい。何かが自分を連れ去ろうとする気がするから。 いつも#名前2#と寝ていたのにそれがなくなって、でも世祖の方が特別で、自分は病院には行けなかった。行ったら傷つくのは桜の方だ、と言われたけどホントかどうか分からない。#名前2#の傷つき方がトラウマになるほとだ、といわれても信じきることは出来なかった。 いつからだったか。大人のいうことは信じられなくなった。父親から自分は遠坂の子どもじゃなくなると言われた時にどうして?と聞くほど自分は甘ったれじゃなかった。はい、と答えるしかなかった。 あんなに優しかった母親も「#名前2#さんのもとで頑張るのよ」としか言ってくれなかった。姉とは随分と他人行儀になった。お話するような間柄じゃなくなったのだ、と小さな桜でも理解出来た。 優しくても捨てるのは一瞬だ。大事に大事にしていたけど破れて見るも無残な姿になったテディベアを捨てる時に桜はそれを知った。知っていたのに、自分がまさかそうなるとは思っていなかった。人間が人間を捨てるのは初めてみた。 「わたしは、いらない子?」 「桜、俺がお前の父親になるから」 「おとーさん」 「お前は俺が育てるんだ」 これから宜しくな。そう言って差し出された手をとった時、また捨てられるだろうからいい子でいようと思った。いい子にしていたら、きっと捨てられるまでが長くなるはずだから。 そんな考えは見透かされていたらしい。家族になろうと言われたその日、初めて一緒に寝た日、#名前2#はあるお話をしてくれた。 むかしむかしの#名前2#が魔術を使えない男を友人に持っていた時。その友人は家族と仲が悪かった。それはもう、中学生で家を出たいと泣いて、家出したまま帰らないほどに。桜はびっくりしてしまった。そんなに家族が嫌いだったの?と。親に捨てられてないし、酷いことされてないのに嫌いなの?と。#名前2#は悲しそうな顔で頷いた。そうだよ、親が大嫌いだったんだ、と。 「そして彼は家から出られる職業に就いた。それもまたある意味では失敗だったかもしれない。友人は家に帰った時にとても悲しいものを見た」 「………なぁに?」 「………ビニール袋に入れられた、赤ん坊だった」 「ぇ、」 「家族の誰かが赤ん坊を産んだらしくてな、それを生まれたばかり子をビニール袋に入れて渡してきたんだよ」 「……その子も、私とおんなじね」 「ああ?」 「いらない子だったんだわ」 「……いらない子なら、俺もおんなじだよ」 「なんで? そんなことないでしょう? #名前2#さんは、おじさんなんでしょう?」 「はは、残念だけど俺はいらない子だったよ。時臣とはな、母親が違うんだ」 「お母さんが?」 「ああ。俺は、この家で実験台のために飼われたペットだったんだ。人じゃないよ。それを、今の父親が連れ出して俺を人間にした。俺はようやく生まれたんだ。 ーー………。いらない子なのに、勝手に産み落とされて、それで生きられたから俺はまだマシだよ。友人が受け取ったその子は、すぐに亡くなった」 「ッ……」 「桜、桜はもしかしたら今は父親も母親も姉も許せなかいかもしれない」 「ゔん……」 「でも、それは人として正しいよ」 「うん…」 「理由は何であれ、自分を捨てた相手を許せないのは正しい。人として、正しい。でも、心のどこかにまだ好きだっていう気持ちがあるならそれも大事にしてけばいい」 「……そんなこと、できるの?」 「出来るよ」 頷いた父親役の男は悲しそうに寂しそうに笑ってた。前に誰かから聞いたことがある。許すとは優しさの証なのだ。だから、自分を捨てた弟の娘を受け入れたこの人はとても優しいのだ。 弾けるように桜は泣き出した。自分でもこんなに泣いて大声が出るのか、とびっくりだった。ただ泣きわめいていた。 「お、お゛どー、ざん!」 「ああ、ああ」 桜の背中を撫でながら#名前2#は泣いていた。旋毛のところに何かが流れ落ちるのが分かったから。 疲れて眠ったらものすごく朝が気持ちよかった。#名前2#はまだ起きてなくて、こっそりその胸に顔を押し当てた。とくとくと心臓が鳴っている。腕を持ち上げて桜の頭の上に持ってきた。 「えへへ」 おとーさん、と小さく呟いた言葉は霊体化していた世祖だけが聞いていた。 #名前2#が病院にいる間、1日目は遠坂の家に戻った。でも、そこは自分の家じゃなくなっていた。ああ、本当に自分は沖野の人間なのだなあと思ったら心底安心した。 だけど、向こうはそう思ってないみたいだった。遠坂桜のまんまだと思っていて、そう振る舞うように差し向けてきた。何とか我慢してひくつく口元を必死で抑えていたのに。 夕食時はまずかった。昔と同じ定位置。お客ではなく、遠坂桜としてここに来せれられたと理解したとたんに目の前に用意されているナイフもフォークも汚らしく見えた。顔を上げると父親も、母親も、姉も、元がつくのにそう在ろうとしてるのがすぐに分かった。そうか。桜を使って家族ごっこをしたいのだ。桜はもう#名前2#の娘だというのを、この家の人たちは理解できていないのだ。 「し、しおー!」 名前を呼んだ瞬間に獅子王の肩に巻きついた鵺が桜のことを包み隠してしまった。何も聞こえないように耳が塞がれて、それでも小さく音は聞こえていた。 遠坂の人たちが騒いでて、獅子王はそれを宥めながら、でも桜を連れて帰ると宣言してくれた。よかった、と思った。ここにはもう遠坂桜として居られないのだ。私はもう、沖野桜になったんだから。 次の日から沖野の家で#名前2#のことを待つようになった。けど、まさか雁夜おじさんが遊びに来るとは思わなかった。 「桜ちゃん、ご飯持ってきたよー」 「……ありがとう」 いい人なのは間違いない。だけど……雁夜の飯はまずい。食べなければいけないのか、と考えると気分が重い。それに………雁夜は、葵の娘だから桜に気遣ってくれてるのかもしれないという思いが顔を見せる。 雁夜が葵の娘である自分を愛してたのは知っている。そこが出発点だともう知ってしまった。でも、#名前2#の娘として幸せを願ってくれたことは感謝している。聖杯戦争の間、間桐の家にいさせてもらった恩もある。雁夜のことは半分嫌いで半分好きだ。矛盾してるけど、それでいいと#名前2#に言われたから、それでいいのだろう。 「……って、あれ!? もしかして、もうご飯あったのかい!?」 「…ぁ、うん……」 バレてしまった。歌仙兼定という人は桜や世祖に甘い。今日もご飯を作ってくれた。それも、雁夜の作るものより数段手の凝ったものを。正直、そちらを食べたい。 「……ごめん、俺、馬鹿みたいに作ってきちゃって」 ――そんなことないよ。美味しそうだよ。ちゃんと食べるよ。 そう言ってあげられるのは、遠坂桜だった時の、雁夜のことが大好きで悲しませたくない時だけだ。今は、………今はそんなこと嘘でしか言えない。雁夜には嘘をついただけこっちが嫌な気持ちになる。 雁夜が正直に生きてるんじゃないけれど、似たような生き方だから正面にいる自分はちっぽけな人と思う。 「ごめんなさい……」 雁夜は哀れっぽくしゃべるのが上手いけど、桜はもうそれに乗っかってあげられない。 「じゃあ、俺がもらおっかなぁー」 「獅子王くん!?」 「へへっ、雁夜も桜もいらないんなら俺がもらうよ。そうじゃなきゃ、食べ物たちがかわいそうだ」 パックを受け取った獅子王は「また明日返しに行くよ」と言う。 「桜も行くだろ? 家の中に閉じこもってても辛いし、外で遊ぼうぜ」 金髪だからなのか。その髪型のせいか。その明るいキャラクターのせいか。獅子王がたまに太陽みたいに見えてくる。キラキラした笑顔で、雁夜も桜も照らしてくれる。 「うん!」 「…。じゃあ、また明日。待ってるね」 「またねー」 獅子王を桜につけた理由ってもしかしたら、こういう風になることを世祖は分かってたのかもしれない。