苺をくれた青年
島崎の騒動のあと、プロレタリアの三人が俺を助けてくれた。図書館の中に宿直の部屋を作れと言ってくれたのだ。建物を断られ、プレハブのものを裏庭に作ってもらった。それに伴い寮からも出てきて#名前2#は名実ともに司書の手伝いとして図書館にいることになった。 弁当をここで作り食堂で食べるのはどうかと思ったが、仕事としてここにいるんだからとアカとアオに押し切られてしまった。食堂の隅っこにいると文豪たちがこちらをちらちらと見てくる。話しかけてくることはなかった。島崎たちを除いて、である。いつもと違う服だ、と言うと「学生なんだ」と笑っていた。 島崎藤村ほか二人が制服をゲットしたらしい。前にも徳田秋声と、北原一門が手に入れていたような。 「ねえ、君はどんな生徒だった?」 「あ、それ俺も気になるな。お前、学校時代モテただろ」 一緒に居た田山花袋が俺をじっくり観察して「モテるだろ」と繰り返した。 「モテない」 「嘘つけ」 田山はつん、と指をつつくと「イケメンってのはみんなそうやって否定するもんなのかね」と顔をしかめた。 「そんな顔されても困る」 「困るじゃねえんだよなあ」 「#名前2#、これ美味しいよ」 「作ったの俺だぞ」 勝手に弁当の中身を取っていくんじゃない。ちょっとにらむと田山も俺の弁当を狙っていたのか手をそっとひっこめた。 「今ってこういう卵焼きが必ず入るんだってね」 「そうだな」 適当に頷いて弁当を食べるスピードを速くする。島崎がじっとこちらを見ていたが俺が何も言わないのでぶすくれた顔になった。 「なんか」 「え?」 「田山は女子にがっつきすぎて気のいい友人で終わる気がするな。でもクラスでは頼りにされるポジション」 さっきの話から真面目に考えて話を広げたつもりだったが、田山はうぐっと顔をしかめ島崎は田山を睨んでいる。 「お前、そうやって爆弾落とすなよなあ」 田山の言葉は何の意味か全く分からず文豪ってやっぱり分からんもんだな、と納得してしまった。 その日手にしていたのは適当に本棚から選んできた一冊だった。手にしてからそのタイトルに眉をひそめたがアカもアオも気にした素振りはなかった。#名前2#は仕方なく適当な手ぬぐいでブックカバーを作ると包んでしまった。 ブックスタンドに立てかけて食堂の隅で弁当を開く。食べながら読めるように体勢を調節して箸を手に取ったら佐藤春夫が「なあ、おい」と声をかけてきた。#名前2#は一瞬それが自分に向けてのものだと分からなかった。視線が部屋を一周し「ああ、俺か」と聞いてみる。 「お前だよ、なあそれ。その立てかけた本。まさか谷崎のか?」 「よくわかったな」 #名前2#は弁当を置いて手ぬぐいを外そうとすると佐藤は「いい、いい。食べながらでも俺は気にしないから」と#名前2#の向かいの席に座った。この男がこんな風に気遣いを見せるのは珍しい。佐藤は#名前2#のことを下男か何かかと思っている節があった。転生前の彼のことを考えるとそれも仕方ないと思うし#名前2#とて気難しい老人とでも思っていたのでお互いさまではある。 「面白いか、それ」 「好きではないな」 「ふはっ」 率直に言って#名前2#にはこんな女も男も好きではない。真面目にそういうと佐藤は「お前は真面目に読むなあ」と言う。 「もっと気楽に読めばいいんだよ」 「気楽にか」 「ああ。小説だからって何も全部気持ちまで凝り固めて読む必要はない」 「お前もか?」 「あ?」 「お前もそんな風に読むのか?」 佐藤はちょっとだけ首をすくめた。俺には無理だ、という言葉は重い雰囲気を持っていた。何か気分があがるもの、と考えて「デザート用のいちご食べるか?」と差し出した。佐藤はきょとんとした顔になって大笑いし始めた。 「よりにもよってイチゴかよ」 「え、え、なんでだ」 「いいや、何でもない」 文豪の生きていた時代にも疎いのでイチゴがどんな意味かも知らない。佐藤は一つつまむと口の中に放り込んだ。へたのついた方から食べるとうまいぞ、と伝授しようとしたときには遅かった。 「でかい口だな」 佐藤はもごもごと口の中でイチゴを殺すと「うまい」と頷いた。 「本、面白く読めるといいな」 「生理的に嫌いな人間っているだろ? その話だったら仕方ない」 「ま、そうかもしれないけど」 著作だけじゃ分からないこともあるからさ。谷崎は悪いやつじゃないんだよ。佐藤はそう言うが、普段のあのセリフから「彼は良い人です」と言われてもなかなか信用できないところがある。 「期待しないでおいてくれ」 佐藤は笑いながら立ち去った。その姿は気難しい老人などではなく、気の好い兄貴分だった。