歓楽も極まらず哀情ばかり増える
ひゃんっと女性のような声が聞こえた。司書の声ではない。向かってみると誰もいなかった。恥ずかしがったのだろうか。それについて何かこちらも言うほどではない。大人しく仕事に戻った。掃除が終われば蔵書整理を手伝って欲しいと言われて本にビニールを(本当の名前は忘れてしまった)かける作業をしなければならない。頭の中で何をやるかひとつひとつ確認していく。なにか物事を考えていると周りが見えなくなってしまうらしく俺は人とぶつかった。 「#名前2#さんやん、あのぉ今お暇ですか?」 「……」 大阪弁の…彼の…名前は………。えーーっと何だったか。 「作之助、何かあったのか?」 「いや! 嫌やっ、なんやぞわぞわします。お願いだからオダサクって呼んでください」 「オダサク」 「……なんや、それも変な気分ですけど。なんやろ、アクセント…?」 「これから館内の掃除に戻りたいんだが」 「あっ、実は……」 オダサクはこの図書館の利用者さんから貰った手紙をどこかに落としてしまったらしい。誰に宛てたものかは教えてくれなかったが空色の鮮やかな封筒に入っていると言われて「分かった、掃除してる時に探してみる」と頷いた。 玄関ホールで分かれて俺は2つのルンバを作動させた。館長にお願いしたらいいよ、と入れてくれたのである。2階分の床掃除は面倒なので廊下はこれに任せている。まずは談話室に行くと数人の文豪たちが何か話していた。邪魔しないようにそっと音を立てないように移動していたのに肩をつつかれた。 「……はい」 「どうしましたカ? キゲンが悪そうデスネ!」 「……」 そんなこと直球で言われたのは初めてだ。大丈夫です、と謎に頷いた。この文豪はこちらから転生のお願いを聞いてもらったので名前もよく覚えている。小泉八雲だ。 「ソウデスカ~? ワタシにはそのように見えませんガネ!」 笑顔でものすごいことを言われたのも初めてだ。本当に大丈夫、と頷こうとしてオダサクのお願いを思い出した。文豪のお願い事は彼らに聞いた方が早いのかもしれない、と思ってのことだった。 「空色の封筒を見てないか?」 「封筒デスカ? 残念ながら……。皆さんはどうデスカ?」 文豪たちは口々に知らないという言葉を繰り返した。聞いてて疲れてくるハーモニーに「すまない、助かった」と心にもないことを言って掃除を始めた。 その後も空色の封筒は見つからず俺はそのまま蔵書整理の方に急いだ。依頼として受けているわけでもないので必ずやらなければならない仕事でもない。ラベルを作り本にビニールをはり、本棚へとしまう。スカスカの本棚にひとつずつ色が入っていくのは見てて面白い。 次の本の作業をしよう、と手に取った時にその中に何か挟まっているのが見えた。ページを開くとそこには厚みのある水色の封筒があった。確かに封筒ではあるのだが、それは想像していたものよりもかなり小さく、中に入っているのは名刺サイズのカードだろうと察せられた。 今度から探し物を引き受ける時は情報を引き出してからだな、と次に繋げられるよう考えてそれを机の上に置いた。作業している中で視界にちらちらと入ってくる空色のカード。女児たちが使うようなクリスタルのクローバーが描かれているそれを見る度に気持ちがざわつく。 「……」 先にこれをオダサクに渡そう。渡しておかないと心が騒いで仕方ない。部屋を出てとりあえずオダサクの部屋に行こうと思うと「あーっっ!」と声が聞こえて誰かから背中にタックルを受けた。情けなくも壁にそのままぶつかる。痛い、と言っても相手には伝わらない。どうせ言ったところで無駄なのだ。 「お、おい、大丈夫か」 「……なんなんだ一体」 「いや、その封筒! ちょうど探してたんだよ」 「あー。オダサクに言われたんだ、返す」 「ふーん?」 メガネの男は俺を見て。じろじろと眺めて「ああ、事務職か」と頷いた。正確には正しくないがそれを言ったところで無駄である。頷いておくと「助かったよ、本気で! あ、中身とか見てないよな?」と聞いてきた。それにも頷く。見ないように手元から離すことにしたのだから。メガネの男も頷くとそのまま逆方向に歩いていった。太宰、オダサク、見つけたぞ!と大声を張り上げながら歩いていくので自室に戻るにはその後ろをついて行かなければならないけれどそれだと変な感じもして少しここで待つことにした。 「あ、#名前2#」 「…石川」 「今、お前名前忘れただろ」 「合ってるか?」 「あってるよ! 素直に肯定すんなよ」 「うん、気をつける」 そろそろいい頃合いだろうと部屋に戻ろうとすると「待て待てまて!」と背中を叩かれた。 「なんだ?」 「何だじゃねーよ、俺様と話したくないからってそんな気軽に行こうとすんな!」 「仕事があるんだ」 「仕事? へー、なあ、それは金は入るか?」 「館長に申請したらどうだ?」 「へへっ、じゃあしてくるわ! 後でお前の部屋行くからな!」 後で来るという彼はそのまま走っていったがどうせ来ないんだろうなと勝手に思っていた。自室に戻ると八雲がぽつんと廊下の前に待っていた。ちょっと泣きそうになりながら「ワタシはデスネ~~」と何やらごちゃごちゃ言っている。 「…どうかされましたか」 「!!! 部屋にいませんデシタカ!?」 「あ、ちょっと出てて。え、どうかされましたか」 思わず敬語になってしまうくらいには八雲はぼたぼたと涙を流していた。封筒を見つけようとして色んな人に聞いて回ったら坂口安吾に叱られたこと、俺にも迷惑だったかと謝りに来たら返事も貰えないからそれほど怒ってるのかと勘違いしていたことを教えてくれた。部屋にいないという考えはなかったらしい。 「出せるお茶とかないんだが……」 水筒のものを出すのは衛生上良くないよなと思い何も出さなかったのだが八雲はあまりにも欲しそうにみていたので飲み口に注意してくださいねと手渡した。ハンカチで吹いただけなので普通に汚いと思うのだが向こうは気にしてないらしい。ごくごくと飲んで一息ついた。 「それで坂口が、貴方を怒ったと」 「はい……」 その人、普段からそんなに強く言い聞かせるタイプだったのだろうか。とにかく俺の方は怒ってませんよ、と伝えたが八雲の心の調子はよくならなかった。こんな部屋で良ければゆっくりしてほしい、と座らせて作業の続きをすることにした。 八雲は話しかけるのか話しかけないのかごにょごにょとしていたが結局そこに座ってちょこんと学術雑誌を読んでいた。また10冊ほど持って蔵書整理に行くと小泉が半分持って着いてきてくれた。安吾が怒った理由を考えてみたが分からなかったし安吾が誰かも分からなかった。ついでに水野さんに聞いてみようかと思いながら歩いていたら向こうからオダサクとさっきぶつかったメガネの男がいた。 「あ」 「!」 「オダサクと……えーっと」 「なんだ、俺の名前も覚えてなかったのか。坂口安吾だ」 「ああ。ああ…!」 「お、心当たりあるみたいやんな」 「いや、何となくとった本が自分の好みには合わなかったから覚えていただけだ」 「ああ!? 俺の本がつまらないってか!?!」 「合う/合わないの話だろう。評価と、面白さは違う。それよりも八雲さんに謝らなくていいのか?」 「あ?」 「怒られたと言っていたが」 「あー、あーー」 オダサクさんと安吾さん、が目を逸らした。というより、一方通行の視線になっている。 「小泉さん、すまねえ! オダサクが言いふらしてるって知らなかったんだ、何か嗅ぎ回ってるのかと思って …!!」 「すぐに謝るべきだったと思うが、まあ、忙しかったのか何なのかあるんだろうな。もう行っていいか? 残業がつくの厳しいんだが」 「あ、お手伝いシマスヨ!」 「いや、ここまでで十分です。石川みたいに申請通してないままやらせるのは規則違反なんで」 そうですか、と八雲はしょんぼりしていたが俺は本を受け取って本棚の中に消えた。そのあとのことについてまで俺は何かしたくない。 その後、この図書館の利用者と言われたが本当にそんな人間を見たか分からないことに気づいた。文豪の言うことだから、と何でもかんでも鵜呑みにすべきではない。あの手紙は、おそらく文豪の誰かが書いたものなのだろう。とすると……。 「やけにファンシーなものだな??」 いい歳して過ごしている彼らの誰かがそれを買って書いたのだとしたら本当にふざけた話である。