Crescent「真夜中」「照らされた」「手」
あの、あのハーツラビュル寮がSIOCガチ勢だとは。ショックで今朝のご飯は中々喉を通らなかった。昨日は真夜中にわざわざ起きて教えてもらったNRYCに入り検索をかけた。 こんな騒動になったのは学園のプリンセスとか言われているカーム・ギフト先輩と自分の実体験風恋愛を書いた人がいたことが原因だったらしい。プリンセスがいいならプリンスだっていいじゃないか、と作品が生まれたのだとか。#名前2#・#名前1#先輩は俺でも知っている先輩だ。ふわふわ風にそよぐ金髪とか自分の趣味でかけてるサングラスとか好物のピーナツバターを食べてる姿とか確かに「あれっ」と自分でも思うほどに彼を見つめている瞬間がある。それは俺の場合は恋ではないけれど、きっとどこかの誰かにとっては恋なのだろうと思う。 「おはよ」 「サーシャ……。はよう」 「眠れなかったって顔してるな」 「昨日はド深夜に起きてわざわざ#名前2#先輩のxreader読んでた」 「おっ、どうだった?」 「なんていうか……、それ俺じゃねえし!!って気分になった」 「あははは! どういう意味での気持ちだよ」 「あの#名前2#先輩に手を取ってもらうのにしたって、いやそこで俺じゃない俺が振り払おうとするの本当に解釈違いなんだよ。手を取れよ! ゆっくり微笑め!って思ってしまった」 あの時の気持ちは一体なんだったのか。your nameという自分の別人格でもできたのかと思った。書き手がリアルに#名前2#先輩 を描く分、読んでる俺は「y/n」の行動に疑問を浮かべてしまうのだ。 「まあそういうことってよくある。コメント欄に自分だったらそんなことしないのに!って叫ぶ人いるいる」 「やっぱりか……」 こういう解釈違いが積み重なるときっと書き手に回ることがあるのだろう。俺はまだ片手で数えられるぐらいのものしか読んでないのでもう少し色んな作者を知ってみるつもりだが。 「そういえば、warningのところに出てくるカラーリングってさ」 「うん。うちの寮のカラーリング。読者はなになに寮ですって明記しておく」 「なるほど……」 「別寮で絡むもよし。クラスが同じもよし。部活が同じもよし。同じ寮の先輩後輩もよし。readerは何にでもなれる存在だからなあ」 「まあ、何となくそれは理解した」 と、そんなことを話している時にわあっとざわめく声が聞こえた。まるでそこだけスポットライトで照らされているかのような感覚だった。視線が吸い込まれて離してくれない。カーム先輩と#名前2#先輩がにこやかに笑いながら食堂の中に入ってきたのだ。カーム先輩はやっぱり可愛らしい姿をしている。緑色の長い髪の毛をポニーテールのように結い上げてこの学園では唯一の女性にさえ見えてくる。それをエスコートしている#名前2#先輩はやっぱり王子様みたいだった。彼の金髪と青い瞳のせいもあるかもしれない。普段は黒丸のサングラスをかけているけれどその素顔は絵本で見た王子様だ。カーム先輩みたいな人が隣にいる方がきっといいんだろうけど。でも、昨日から聞かされた世界ではそんな離れ離れのこんな気持ちは味わっていなかった。 「珍しいな、#名前2#先輩が大食堂で朝食なんて」 「……そうだな」 サーシャの言葉で我に返った。今、自分は変なことを考えた気がする。慌てて料理を口の中に放り込んだ。 教室に行くとバタバタと足音がした。エースがこっちを見ていた。 「おいマット! お前、本名でアカウント登録しておくなよ、寮長に叱られるぞ」 「え?!」 「え、マジ? マット……お前それはまずいって」 「いや何の話だよ」 「NRYCだっての。昨日見つけた時にはマジで焦ったわ」 「あ、あれか……」 そういえばいつものクセでスマホに保存していた設定をそのまま使った気がする。 「うちの寮長の規則によると本名での登録はなしってことになってんの。マットは初めたばっかりだからファレル先生がまだ止めてくれてるらしいから今ちゃちゃっと変えちゃえよ」 「わ、わかった」 首をはねられるのはゴメンだ。たかがアカウントに本名を使っただけなのに。慌てて変更したところで「なんでこのアカウントが自分だと分かったのか」という疑問がでてきた。 「なあ、アカウントって誰が誰のやつかバレるのか?」 「いや。なんて言うか、バレるってよりも把握されてる」 「そうなんだ!?」 「で、同じ寮の奴らには○○がアカウントを作成しましたって連絡だけくる。誰かは知らないけど」 「へー……」 つまり、昨日のサーシャがハーツラビュル寮うんぬんと話していたのはそのアカウントの把握によってバレているということなのだろうか。 「でも何でイチイチそんなことするんだ?」 「単純に話題作りしやすいだろうってことじゃねえの?」 エースはそこまで詳しくは知らないらしい。サーシャを見ると「さあねえ」と首を傾げていた。 「でも今の言葉を聞いてファレル先生が管理人だってのは分かった」 「あ、そういえば」 「俺もユウとオンボロ寮遊びに行くまでは知らなかったけどなー。全部学籍番号で把握されてるんだって」 「へー」 「アカウントに出てくる番号は学籍番号の暗号化とアカウント数を足したものらしいぜ。そんなの話していいんすかーって聞いたらどうせ作者はバレてるだろうしなって言われた」 「え、作者ってバレんの?」 マットの中ではスクリーンネームのせいで分からなくなっているものだと思っていた。 「そういうスレッドがあるんだよ。こっちは管理されてるのか知らないけど結構バレるぜ」 怖い世界だ。それが本人、#名前2#先輩にバレないのかと思ったが彼の方はそもそもスマホも持っていないらしい。 「あの人、パソコンは使うらしいけど」 「スマホは使わないらしいよ」 「そうだったんだ……」 今まで有名な人物だということぐらいしか知らなかったので初耳だった。 「授業始まるな。あとでもっかい話そうぜ」 「了解ー」 エースが離れていく。最初の授業はファレル先生による地理の話だった。国ごとに魔法には特性がある、らしい。というのもそれは魔法士に関係するものではないのだとか。魔法をかけられる側、そちらに因子があるのだそうだ。全員が魔法を使える訳では無いこと、この寮で育成がされること、その結果があるものに特化している魔法士という……こと、なのだろうか。 勉強をしているはずなのに頭のどこかでxreaderが離れなかった。カーム先輩が当て馬になるなんて作中の「俺」は一体どんな存在だったのかとか、#名前2#先輩がサングラスを取った姿だとか考えれば考えるほどよく分からない方向にハマりそうだった。