カウントダウンは止まらない

【名前を呼ぶ】  ただいま、兄さん。いつも通りの言葉なのにソファーにいた兄さんは不機嫌そうな顔でこっちを見てきた。 「に、兄さん?」 「それ」 「どれ……」 「兄さんってさぁ……もう、恋人になったんだから名前くらい呼んでくれたっていいじゃないか」  ひえっ。喉の奥で音が鳴る。自分が? 兄さんを名前で呼ぶ? 無理だ。ただでさえこの幸せな生活に倒れそうと思っている自分になんてことを言うんだこの人は。ていうか恋人、恋人って……。 「兄さん、こんな状況でもおれの事恋人って言ってくれるんだねえ」 「はあ!? なんだよそれ、恋人じゃないってのかよ!!?」 「ぐえっ! ギブ、ギブです!」 「ちゃんと恋人って認めるか?」 「ごめんなさい幸せすぎてなんか変になりそうでした! 恋人です!!」  おれの必死の言葉に兄さんはアイアンクローしていた腕を離して「そうか……」と顔を赤く染めている。すごく可愛いけど力はゴリラだ。おれ、ゴリラを抱いてたのか……。 「ほら、呼んでみろよ」 「……。ひ、ひろみつ…」 「ふふん! どうした、#名前2#!」  兄さんはやっぱり兄さんだった。俺の手を引っ張り遊びに行こうと誘ってくれた兄さんの笑顔だ。太陽みたいに明るくてかっこいい。 「やっぱり好きだ、兄さん」 「……。好きって言われるのは嬉しいけどなー、名前がいいな!」  まあそれは時間をかけて慣らしましょう。兄さん。記憶喪失の間は名前も、兄さんって呼ぶことも出来なかったんだから。 【キスされないと死ぬ病】  ある日の兄さんはダンボールに白い裏紙を貼り付けるとそこにマジックで文字を書入れた。綺麗な時で書かれたそれには「キスされないと死ぬ病」と書いてある。 「に、兄さん?」 「#名前2#、俺は今これにかかったから」 「!!?」  すごい、見事に兄さんが何を言ってるか分からない。でも真面目な顔してるし、本当にそうなのでは……? でも、チラシ…チラシの裏に書いて見せられるってそんなの子どもでもあんまりやらないぞ……。 「#名前2#、何か俺にすることはないのか」 「えっ!?」  どうしろと言うんだ。こんな胡散臭い病気、信じていいんだろうか。兄さんは死なせたくないけど……治療のためにはキスするしかないって、白雪姫もビックリだろう。 「ん!」 「…はい」  結局根負けして兄にキスを送った。触れるだけのキスに兄は不満そうだったがキスはキスだ。というか、やっぱり病気じゃなかったじゃないか。  おれの言葉に兄さんは「本気にしたのか、あれを?」と可哀想な目で見てきた。兄は理不尽すぎる。 【おもちゃ()を捨てる弟】  片付けをしていた弟が「ねえ兄さん」と呼んできた。やっぱりまだ名前で呼んでくれないのか、と思いながらわざと低い声で返事をした。 「なんだ弟よ」 「これ、何?」  俺にも負けないくらいに低い声だった。手に持っているのは昔使っていたエネマグラ。軟禁生活で1人で暇となるとお察しだろうか。 「………。おもちゃ、だな」 「へー。兄さんの?」 「うんと言ったら?」 「おれがいるのに必要?」  #名前2#は普段通りの口調でそう聞いてきた。俺の名前を呼ぶのは照れるのにこういったことには恥じらいがないのか。スイッチがよくわからん。普段から誘いを受けるわけでもなし、弟から誘うこともあんまりないのに独占欲はちゃんと育ってたのか。 「兄さんー? 聞いてる? ねえ、こんなおもちゃ必要?」 「必要だよ、お前いつも誘い断るし」 「それはッ! 兄さんがほとんど毎日聞いてくるからじゃないか!」 「1人でここにいるのも暇なんだ。元警察だし体鍛えてたから」 「……今はそれも脂肪に変わりつつあるけどね」 「まあなー」  スコッチをやってた時よりは普通に5kgも太った。いい年齢に来てるし年取ってからの腹回りも心配だけど……。 「#名前2#は気にしないだろ」 「……兄さんはずるいね」 「兄だからな」 「でもコレはだめ。捨てます」 「あー!」  愛用の(?)エネマグラは#名前2#がごそごそとカバンにしまいこんでしまった。そのままロックをかけてしまう。 「どーすんだよそれ」 「組織が経営させてる店に渡してくる。どうせセックスしか考えてない連中だから消毒して渡せば気にせず使うだろうし」 「気持ち悪っ」 「捨て方わからないしリサイクルした方がマシ」  #名前2#はそう言って俺に噛み付いてきた。首の付け根をがぶりと噛み跡を残すように。皮膚だけを引っ張り摘まれた先を舌がゆっくりと舐めた。ゾクゾクするやり方だ。 「兄さんは、おれのものでしょ? 何で中に変なもの入れるのさ」 「ッ。すまん、すまん」  頭を撫でると猫のように擦り寄ってくる。その瞳は相変わらず凶暴な獣のようで俺の事を見つめている。この感覚はたまらなく好きだ。#名前2#が俺のことを好きだと実感出来る。恋愛にバカになって死んだ男を愛して、ましてや軟禁生活にさせているという異常さが溢れている。 「お前のせいで疼いて仕方ないんだ。なあ、#名前2#?」  あの頃のような精悍な体つきではなくなったが#名前2#は今でも変わらず俺を愛してくれるんだろう。伸ばされた手に安心して体を委ねた。