ハロウィンの花嫁

 病院で目を覚ましたあと、事情聴取をうけた。具体的にはなにを見ていたのかということを聞かれた。むしろあの時の俺は見えすぎていたという方が正しいのだが、それは説明できない。フラついていた男とぶつかってメモを落とさせてしまったこと。男が持っていたタブレットが爆発して哀が吹き飛ばされたこと。その程度のことを話したら解放してもらえた。  佐藤刑事は「ごめんなさいね、起きたばっかりなのに」と謝ってくれたが向こうも仕事なので仕方がないと思う。世祖はどうしてるのか聞いたら今は鎮痛剤を打たれて別の部屋で寝ているということだった。鎮痛剤で大人しくなるレベルで終わったのならばよかった。もしダメそうだったら世界の裏側からでも沖野さんの召喚をお願いしなければならなかっただろうし。 「……#名前2#くんも、松田くんと知り合いだったわよね」 「? はい」 「あの被害者のポケットからある物が出てきたの」 「ある物?」 「松田くんの、名刺。しかも、警視庁捜査一課の頃の」  そうか。あの人の。たった一週間しか在職していなかった一課の刑事さん。今は幽霊になって不動や包丁たちの家に住んでいる。聞けば分かるかもしれないが。 「こんなことで思い出すなんてね」  幽霊ならすぐに近くにいるからな、とは思ったが佐藤刑事たちには見えないわけだし。俺と佐藤刑事の間にはおおきな距離感があるよなと思う。前に進む人と、置いていかれている人。俺は後者だ。 「……ごめんなさい、こんなこと」 「いえ。……話したら、楽になることもありますから」  佐藤刑事は軽く頷いてから病室を出ていった。俺の方も看護師さんを呼んで、世祖の部屋に顔を見せに行かせてもらう。世祖は既に起きていた。看護師さんは「えっ」と驚きの声を上げていたので強めの薬を入れられたのかもしれない。  世祖は泣きじゃくった顔のままいた。ベッドの脇に行き、手を広げると大人しく抱きしめられてくれた。  次の日にはもう退院してよいということで、無理を言ってふたりで寝かせてもらった。世祖は赤ん坊のように丸まって俺の心臓の音を聞いていた。  退院の手続きをしてエントランスへ向かうと「こんにちは」とイカつい声が聞こえてきた。 「……えーっと」  どの名前を呼べばいいのか分からなかった。田上さん。前に教えられた偽名で名前を呼ぶと深い深いため息をついたあと「本当の名前は風見というんだ。嘘をついてすまなかった」と言ってくれた。 「あはは、まあそれは知ってるんですけど」  小五郎さんを嵌めて事件の解決をすすめたことを、俺は未だに許せていないから。風見さんはそれも分かっているのか 「嫌だろうが、上の頼みなんだ。聞いてくれないか」と言う。つまり、公安としての降谷零が。彼は俺が安室透が降谷零であることを知っていると、その事実を知らされているのだろうか。よく分からない。  OKを出せば、目隠しをされた。世祖にやっても意味がない、と言ったら沖野という人から与えられた専用のものがあると言われた。沖野さんは……そういうことをやっているのか……。  連れてこられたのはよく分からない廃墟の地下。安室さんはガラス張りのシェルターのもとにいた。風見さんに電話をとるように促されてとった。世祖も抱えて声が聞こえるようにする。 「呼び出してすまなかったね」 「爆弾ですよね、それ。お疲れ様です」 「解除を頼みたいんだ」 「えぇっっ」  さすがに初見のそれを「分かりました!」と解除できるほどの人間ではない。世祖はもうやる気になっているのかじっと安室さんを見ていた。 「さすがにすぐにとは言わない。ただ」 「う、やる」 「え?」 「世祖がやれるって言ってます」  本当か? 安室さんの疑問ももっともだが、世祖はやれると言っている。やらせるかどうかは公安の判断に任せる。考えさせてほしい、と言われてその日は帰ることになった。  車から降ろされた場所は自分の家のすぐ近くのコンビニだった。ここからは普通に歩いて帰れということらしい。まあ、病院に車を置いているわけでもないのでよしとする。ありがとうございました、と頭を下げると風見さんはなぜかふっと大人の笑みを浮かべていた。  携帯を見るとコナンから連絡が入っていた。明日、また結婚式場へ行くから一緒に行かないかという話だった。ついでに小五郎さんの見舞いにも行こうと言われて、公安からの連絡はいつになるか分からないし待っていて時間を無駄にするのも嫌なのでOKの返事をした。  もうひとつ。蘭ちゃんからも連絡が来ていて、まだ昏睡状態だけれど命に別状はないということだった。ほんとにほんとの一安心である。 「世祖、明日は結婚式場に行くぞー!」  世祖は何にも言わずにさっさと冷蔵庫へ直進して小五郎さんに持っていくためのお菓子を見繕っていた。デザートの差し入れって大丈夫だろうか。起きてるといいんだけど。  先に病院に行くと小五郎さんはまだ起きてないということで、お邪魔するのもまずいとお見舞いの品は蘭ちゃんに預けるだけにした。 「すみません、ありがとうございます」 「いや、いつもお世話になってるからね~」 「……#名前2#さんも倒れた時、本当に大変だったんですからね!」 「うん、それはホントにごめんね」  世祖の情報の氾濫を久々に受けてしまったので頭がついていかなかったのだ。蘭ちゃんは「無事でよかったです。#名前2#さんまでこんなことになってたら、ほんとに……」とまた泣き出しそうになってしまい、慌ててベンチへ座った。父親があんな風に倒れたことと、俺が倒れたことが相当ショックだったようだ。世祖も同じように暴れていたのでその時は落ち着くしかなかったようだが、今になってドッと恐怖が押し寄せてきたのだと思う。蘭ちゃんの頭を撫でながら「彼氏にこの場面見られたら怒られるかな?」と聞いてみる。新一と蘭ちゃんが付き合い始めたというのは園子ちゃんから聞いていた。 「……#名前2#さんなら大丈夫かな」 「ほんとに? もし疑われたらちゃんと説明してね。俺、新一に口で勝てる気がしない」 「大丈夫ですよ、新一は探偵ですから」  それって、蘭ちゃんは自分のことが大好きって確信を持ててるってこと? 俺の言葉に蘭ちゃんは顔を真っ赤にして「そんなこと言ってないです!」と叫んだ。しーーっと世祖が指を口に当てる。 「ご、ごめんなさい」 「ううん。いつもの蘭ちゃんに戻ってくれてよかった。世祖のことも、あの時いつもの病院に連絡してくれたの蘭ちゃんだったろ? ありがとう」  蘭ちゃんはまた泣きそうになっていたが「今度はやめてくださいね」と明るく笑った。